専門医証を出したら、印鑑はどこかと聞かれた

海外で働くために書類を出す段になって、最初につまずくのが専門医の証明書です。

アイジュアイジュ
国の印鑑はどこにあるの、って聞かれるんですよ。日本は内科学会みたいな団体が出すんだよって言っても、何度言ってもピンとこない。
ゆーゆー
向こうからすると、これは本物なのかと疑ってしまいますよね。

フランス人の専門医証には国務大臣の名前が入っているので、国家資格と同じ扱いになります。日本の専門医は学会が出す証明書で、国は関わっていません。この構造の違いが、そのまま説明の手間になります。

アメリカはさらに違って、医師免許が州ごとに発行されます。州をまたいで働くには書き換えが必要で、数か月から半年かかることもある。国によって前提が違うので、日本の常識をそのまま持ち込むと話が噛み合いません。

それでも、専門医は評価される

手続きで戸惑うことと、評価されないことは別です。番組では、専門医は海外に出ても評価される、とはっきり言っていました。

持っていない場合に困るのは、あなたは何をやってきたのかと問われたときに答えるものがない、という点です。逆に持っていれば、その領域のスタンダードな知識はあるという保証になります。海外に出るかどうかに関係なく、選択肢を狭めないための資格として機能します。

腎臓内科の経験がベトナムで消えるわけでもありません。大学病院を回っても分からず肺炎と言われていた高齢の患者を診て、問診と尿所見から血管炎ではないかと当たりをつけた、という話が出ています。10年15年やっていると尿の色で分かる。積み上げたものは、国境で消えません。

使わない薬は、名前が出てこなくなる

実務で変わるのは、資格より処方です。

アイジュアイジュ
3年、ロキソニンを処方してないんですよ。第一三共の薬なのでこちらではほとんど流通しない。
ゆーゆー
使わない薬は、確かに出てこなくなりますね。

トラマドールとアセトアミノフェンの合剤も、現地の商品名しか出てこなくなり、日本での名前をChatGPTに聞いたそうです。フェブキソスタットは日本に10mgがありますが、ベトナムでは40mgしか見たことがない。認知症の薬も骨粗鬆症の薬も種類が少ない。若い国だからです。

参照するガイドラインも欧米のものになります。そこで日本人の患者に日本のやり方で処方すると、薬局から電話がかかってくる。この処方はベトナムのガイドラインと違います、と。日本人はこうなんです、と説明して通してもらうことになります。

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詰まるのは日常会話ではなく、医学用語

英語の心配をする人は多いのですが、実際に詰まる場所は想像と違います。

研修医の頃、渋谷に近い大学病院にいたので、外国人が来ると呼ばれていたそうです。ホテルの人が連れてくることもあった。そこで困ったのは日常会話ではなく医学用語のほうでした。点滴が必要ですと言いたいのに、点滴が出てこない。IVと言ったら通じた、という記憶が残っています。

医師同士は略語で話します。CKDやLC、HBVのような頭文字ならまだいい。日本語だか英語だか分からない現場の言い回しになると、そもそも英語に置き換えられません。

地域差もあります。ERはイギリスではA&E、Accident and Emergency。手術室はORではなくOT、Operation Theatre。医学としては同じでも、口に出す言葉が変わります。薬はもっと厄介で、日本人は解熱剤を飲みましたと言ってくれますが、アメリカ人はタイレノールを飲みました、と言う。そのタイレノールがヨーロッパでは通じません。

制度そのものが、国ごとに違う

働く場所を選ぶなら、制度の形も知っておいたほうがいい。番組で比較されていたものを並べます。

  • イギリスのNHSは無料だが、公的保険では何か月も待つことが普通にある
  • 韓国は保険診療がとても安く、風邪の自己負担が1000円ほど。ところが点滴やビタミン、美容の相談が乗って実際の支払いが8000円になることがある
  • フランスの公立で保険診療をする医師は公務員扱いで、給料は全国一律。パリでも田舎でも同じ。10年15年働いても1.5倍ほどにしかならない
  • アメリカは先進国で唯一、国民皆保険を持たない

日本の特殊さもはっきりします。誰でも、どこでも、専門医にかかれる。これはすごいことです。その代わり、お金を積んでも順番は変わりません。

アイジュアイジュ
日本人はそれを平等と捉えてますけど、資本主義の国から見たら不平等だと言われると思うんですよ。
ゆーゆー
富裕層ほど負担は増えるのに、サービスの差はないので、不満は大きくなるでしょうね。

行くかどうかを決める前に

海外に出るとき、東洋の医者としてのキャリアは終わったと思った、と本人は言っています。ただ不安ではなかった。腎臓内科という肩書きが剥がれても、海外にいる医者という肩書きがつく、くらいの感覚だったそうです。

そして駄目だったら日本に帰ればいい、というのが前提にありました。医局に戻れるかどうかより一段大きい枠で考えている。

資格の扱いも、薬も、言葉も、行ってから覚え直すことになります。持って行けるのは、積み上げた臨床の判断だけです。