「アイジュ君がいるから、ちょっと来て」。15年前、東京の大学病院。外国人の患者が来ると、そう呼ばれる医師が院内に1人か2人いました。翻訳ツールはまだありません。ポッドキャスト「医局の外で会いましょう」で語られた医療現場の英語を、実務の視点から再構成しました。
英語で追い込まれる医師は、実はそう多くない
身も蓋もない話から始めます。日常臨床で英語に追い込まれる医師は、多くありません。英語圏の患者が来たら話せる先生に回す。通訳がついてくることも多い。自分が話さざるを得ない場面に立たされた経験は、正直ほとんどない。これがゆー医師の実感です。
地域差も大きい。そもそも外国人患者が来ない地域は珍しくありません。「困ったことなら何度もある」と即答する医師と、「うちには来ないよ」で終わる医師に、きれいに分かれます。
ゆー
アイジュ詰まったのは会話ではなく、医学用語だった
問題は、その1人か2人の側に立ったときに起きます。アイジュ医師は研修医になる前に世界一周を終えていて、日常会話には困りませんでした。それでも現場では詰まった。
「点滴が必要です」が言えなかったのです。点滴は英語で何だったか。とっさに出てこない。IVと言ったら通じた、という記憶が今も残っていると言います。
アイジュ日本の医療現場は、英語にならない言葉で回っている
理由ははっきりしています。私たちが毎日使っている言葉の多くが、そのままでは英語にならないからです。
アルファベットの略語は、むしろ通じます。CKD、LC、HBV。頭文字が国際的に共通だからです。厄介なのは、そこから外れた言葉のほうです。
- 「ワゴる」(迷走神経反射)のように、日本語の動詞になってしまった和製表現
- ステート、ムンテラ、カルテといったドイツ語由来の院内語
- 「オペ出し」「デク」など、その病院でしか通じない省略
どれも辞書に載っていませんし、翻訳ツールにも入っていません。頭の中で一度、正式な医学用語に戻してから訳す。この一手間を挟まないと、口から言葉が出てこない。詰まっているのは英語力ではなく、日本語の側の言い換えです。
2年留学しても、話せるとは限らない
知っておくと気が楽になる事実があります。留学経験は、会話力を保証しません。
2年間留学していた先生が、雑談は苦手なまま帰ってくる。よくある話です。研究英語で論文を書き、発表もこなす。それでも研究室の外の会話は別のスキルだった、というだけのこと。留学しなかった自分を責める必要も、留学した人を過大評価する必要もありません。
翻訳ツールが埋めたもの、埋めなかったもの
15年前と今の最大の違いは、ポケットの中にスマホがあるかどうかです。あの頃は「ちょっと喋れる人」が呼ばれ、完璧でないまま現場に立つしかありませんでした。
アイジュ今は単語が出てこなければ調べられます。それでも埋まらないものが残りました。
一つは、患者が薬を商品名で言ってくること。海外の患者は「解熱剤」ではなく「Tylenolを飲んだ」と言います。日本人が「パブロン飲みました」と言うのと同じで、翻訳ツールは固有名詞に弱い。国が変われば商品名も変わるので、その場で聞き返すしかありません。
もう一つは、呼ばれる側になれるかどうかです。ツールは訳してくれますが、代わりに病室へは行ってくれない。
備えるなら、単語帳ではなく場面から
実務としてやることは、そう多くありません。
- 自分の科の頻出手技と処置を、英語で言えるか確認しておく
- 院内語を正式名称に戻す癖をつける(ワゴる → 迷走神経反射 → vasovagal reflex)
- 患者が出した商品名は、恥ずかしがらずに「それは何の薬か」と聞き返す
- 通訳を頼むのは逃げではなく判断だと、あらかじめ決めておく
学習法そのものは医師の英語勉強法に、英語で何が変わるのかは医師に英語は必要かにまとめています。海外の病院で働く側から見た景色はベトナムの病院の実録にあります。
院内で1人か2人の、その1人になるか
アイジュ医師が外国人の入院患者を担当したとき、普通に会話している姿を見た教授に「お前なんでそんな英語できるんだ」と驚かれたそうです。何も特別なことはしていません。ハードルは、思っているよりずっと低いところにあります。
英語ができる医師が院内に1人か2人しかいないなら、その1人になるのは難しくない。必要なのは完璧さではなく、呼ばれたら行くと決めておくことだけです。あなたの病院に外国人の患者が来たとき、いま誰が呼ばれていますか。