こんにちは、プロデューサーのサトシです。今日はシーズン2-2の内容をお伝えします。
最先端の医療は、大学でやればいい
前回の続きです。医局を出るとき、ゆーさんは何かを捨てないと持っていけないと考えました。捨てたのは、消化器内科医として最先端を突き詰めるキャリアです。
当時は消化器内科医としてどう成長するかに囚われていた、と振り返っていました。上手い先生の下で最先端に触れないと上手くならない。だとすれば大学しかない。その枠の中だけで自分の成長を測っていた。
ゆー
アイジュアイジュさんも、日本を出るときに東洋の医者としてのキャリアは終わったと思ったそうです。ただ本人は、腎臓内科という肩書きが剥がれても海外にいる医者という肩書きがつく、くらいの感覚だと言っていました。
腎臓内科の経験が消えるわけでもありません。ベトナムで、大学病院を回っても分からず肺炎と言われていた高齢の方を診て、問診と尿所見で血管炎ではないかと当たりをつけた話をしていました。10年15年やっていると尿の色で分かる。ただ、最先端の老年期医療をやりたいなら、それをやる病院にいなければいけない。話はそこに戻ります。
捨てられない理由は完璧主義なんだろう、というのが2人の見立てでした。
時間ができたときに、何をするか
ゆーさんの働き方が数字で出てきたので並べておきます。
医局時代の最後は400床の市民病院に消化器内科が自分を含めて3人。朝7時半に出て、緊急が入れば夜11時。早く出られて8時。帰ると子どもは寝ています。自宅から車で1時間かかるので、病院から10分のところにマンションを借りて二重生活。待機が週2、3日、土日は日直。実質週6で、残業は80時間を余裕で超えていました。
辞めたあとは週4の9時5時、待機なし当直なし。その条件で探したそうです。現在は医療機関の勤務が週3(消化器内科1.5日、訪問診療1.5日)で、残り2日が産業医とパーソナルドクターの事業。半日空く日もあるので、ならすと週4から4.5。
アイジュさんが投資を本格的に始めたのも、出向で時間ができたときでした。
アイジュ
ゆー医局が変えてくれた環境をプラスに使おうとして、転がっている運を掴みにいった、という言い方をしていました。
時間ができたときに何をするか。忙しすぎて考えられない、が言い訳になっているケースは多い。専門性を諦めるときはどうせ必ず来るのだから、専門以外を勉強してもいいし、医学以外でもいい。1年や2年立ち止まったところで、何十年の医者人生に大した差はつかない。