こんにちは、プロデューサーのサトシです。今日はシーズン17-2の内容をお伝えします。
どうもって、どうも何なんですか
冒頭から断言でした。日本の完璧主義は英語と相性が悪い、と。
その説明のために出てきたのが「どうも」です。
アイジュ
ゆーどうもこんにちは、なのか、どうもありがとう、なのか。日本人は文脈で読み取ってしまいます。主語も述語も言っていません。行きます、が、行く行く、で済む。同じ場所で共通の文化を持ったまま長く生きてきたから成立する省略だ、というのがアイジュさんの見方でした。
その「どうも」を、ブラジルで聞いたことがあるそうです。世界最大の日系コミュニティがある国で、東洋人街に入ると日本語が通じます。20年前の話で、ポルトガル語で話しかけられても、すいません餃子ください、で切り替わる。マクドナルドでビッグマックと言ったら、ビッグマックですね、と返ってきた。顔を見たら日系の人だった。
建物の2階から70歳くらいの男性が降りてきたときのことでした。声をかけられて振り向きざまに、あーどうもー。奥さんは白人系の方で、その人とはポルトガル語で話している。
後になって思い返した、と言っていました。日本語に慣れた外国人が真似で「どうも」を使うことはある。ただ、とっさに出てくるのは違う。あの人は移民だったのかもしれない。
沈黙の話もここに続きます。日本の医療面接では、相手が言い出すのを待ちなさいと習います。黙っている時間を、考えている時間として受け取ってもらえる。英語ではそうならない。多国籍の場では、まず言いたいことを言うところから始めるしかありません。
ただし、まず言うことと、はっきり言うことは別だ、とも念を押していました。アメリカ人は本音と建前が強くて、京都みたいなところがある。イギリス人は皮肉をたっぷり乗せてくる。そんなことは一切考えずに言いたいことだけを言うインドの人もいる。英語だからこう、ではなく、文化が多すぎると捉えたほうがいい、という整理でした。
正しい英語は、誰も決めていない
東海岸に留学するなら東海岸の英語でいい。オーストラリアならオーストラリアの英語でいい。ただ国際語としての英語を学ぶなら、それだけでは足りません。
面白いのは家庭内の逆転です。アイジュさんの娘さんは英語がすらすら出てきますが、訛りの強い英語になると、いま何て言ったの、となる。そこはアイジュさんのほうが聞き取れる。一方でアメリカのYouTubeを見続けている息子さんは、流行りのスラングを姉より知っている。
名古屋の「机をつる」の話も出てきました。片付ける、寄せる、という意味の東海地方の言い方です。関西と関東で通じないことが、英語では世界規模で起きている。それの激しいバージョンだと思ってください、と。
では正しい英語は誰が決めるのか。イギリス人が正しいと言えばアメリカ人が反論し、アメリカ英語が正しいと言えばニュージーランド人が笑う。あなたの英語はアメリカ人だね、と言われることもあれば、古いクイーンズイングリッシュだね、と言われることもある。
日本語には比較的まだ正しい形があります。英語にはそれがない。
アイジュ
ゆーラテン語系は事情が違うそうです。フランス語やイタリア語やスペイン語は活用がしっかりしていて、通じるからいいじゃないかと言えばフランス人に睨まれる。その代わりスペイン語やイタリア語は主語を落とせます。活用だけで誰の話かが分かるからです。アラビア語は文法の難しさで世界有数だと言われている。
だから、文法が厳密な言語のほうが日本の完璧主義には向いているのかもしれない、という冒頭の話に戻ります。
英語は考えなくても通じてしまう言語です。広まる過程でルーズになっていったのだろう、と本人も推測混じりで話していました。
言葉だけで伝えるものでもありません。ボディランゲージでもスマホでもAIでも、使えるものを全部使って自分の言いたいことを言う。それがコミュニケーションだ、というところに着地していました。
すいません、も、ちょっとあれなんで、も、意味は決まっていません。