こんにちは、プロデューサーのサトシです。今日はシーズン16-1の内容をお伝えします。
ピペットを持ちながら、専門医を見ていた
番組として初めてのゲスト回です。お招きしたのは産業医の角田拓実先生。ゆーさんが産業医として歩き出すきっかけを作った人で、本人が師匠と呼んでいます。実際に半年間、角田先生のもとで学んでいます。
角田先生のキャリアは病理から始まります。ただし病理診断ではありませんでした。初期研修を終えてそのまま大学院に入り、分子生物学の基礎研究を5年ほど。病理解剖はやっていたけれど、診断はほとんどやっていないそうです。当時はまるで流行っていない進路でした。
つらかったのはそこから先です。同期が3年目4年目と専門医を取っていく。その横で自分はピペットをカチカチやっている。だんだん削られていった、と話していました。
転科も考えたそうです。ただ30歳で内科や精神科に移ると、後輩のレジデントの下でもう一度やり直すことになる。それが精神的に嫌だった。そこで思い出したのが、企業の健康管理をする医師という存在でした。50単位を取れば資格は得られます。
そして取った瞬間に独立しています。理由が身も蓋もありませんでした。ただ辞めるだけだと履歴書として美しくない。会社を作れば代表という立ち位置になるので、時間の過ごし方を自分で説明できる。
独立してすぐ、1年ほど専属産業医として修業しています。丁稚奉公のつもりだった、という言い方でした。面談をしている隣の部屋で上司が全部聞いていて、終わると呼ばれてフィードバックが飛んでくる。考えてやれ、と言われる。下手なことを言うと、おわえ、と言われる。
普通に嘱託だけをやっている人より5倍くらい成長が早かったと思う、と振り返っていました。
嘱託の現場には自分ひとりしか産業医がいません。だから自分が正しいことをやれているのかを客観的に確かめる手段がない。臨床なら外来と病棟と手術を回りながら総合的に鍛えられるけれど、嘱託だけだと能力が偏りやすい。そこが産業医の難しさだ、という話でした。
アイジュ
ゆー企業側も産業医が何をする人か分かっていないことが多い。先生が来ました、今日は何をしましょう、というところから始まる現場は珍しくありません。そこで職場巡視をさせてくださいと言えるか、面談を頼まれたときにどういう背景を聞き出せばいいかが分かるか。ゼロから入るのと、半年学んでから入るのとでは全く違った、とゆーさんは言っていました。
アイジュさんも最初の半年はひとりでやっていて、本当に分からなかったそうです。健診機関の担当者も知らないし、営業の人も知らない。誰も教えてくれない。
産業医になったのはコロナの直前で、しばらくは職域接種の運営をしていたそうです。
カレンダーが、最後の頼り
いまの担当は25社から30社ほど。相談レベルまで数えるともっと増えます。
アイジュ
ゆー1日に2、3社を回ることもあれば、午前を別のことに使って午後に2件行くこともある。ただし週3日という枠は昔から決めていて、それを超えないように調整している。Googleカレンダーがすべてで、その場で入れないと忘れる、と言っていました。
余白を残しておかないと臨時の対応が入ったときに動かせなくなる、という点でゆーさんと一致していました。
空いた時間で何をしているのか。産業医向けのカルテを開発しています。産業医の仕事はいまだにワードで文書を作り、PDFに変換して担当者にメールで送る、という世界です。既存の健康管理システムは大企業向けで月に何十万とかかり、中小企業にはオーバースペックになる。だから自分で作っている、と。
ほかにも医師向けのメディアの運営、取材、弁護士との打ち合わせ、銀行との面談。あとはジム。
アイジュさんが、その気持ちがものすごく分かる、と言っていました。何をやるべきかをAIに管理させないと、今日やることが分からなくなる。メールの返信を頼んだあとで、これは英語だったと気づく。
限界が来て、ついに人を雇ったそうです。