こんにちは、プロデューサーのサトシです。今日はシーズン12-4の内容をお伝えします。
画像を見れば、分かってしまう
医局の規模の違いは、教授との距離にはっきり出ます。アイジュさんのほうは院内電話で、先生お疲れさまです、今お時間よろしいですか、と切り出して、医局でお揃いのスクラブを作るのでネームの色は何色がいいですか、と聞ける関係でした。緑色がいい、と返ってくる。後ろで先輩が、なんだよそれ、と言っているのが受話器越しに聞こえる。
ゆーさんのマンモス医局では考えられません。アポイントを取り、秘書さんに連絡し、手土産を持って行く。そういう医局に行かなくて本当によかった、と心の底から思った、と言っていました。
そのうえで、抜けてから改めて感じたことがあるそうです。医局の中の先生の質は高かった。特に内視鏡でした。
医局の管理する病院以外でバイトをするようになって、初めて他所の画像を見ます。内視鏡の画像はカルテに残るので、過去の履歴として遡れる。
ゆー
アイジュ丁寧に撮るのが当然だと思っていたことが、外では当然ではなかった。内視鏡の話ですが、内視鏡だけの話ではありません。
ゆーさんが研修医になるとき、父親に言われたことも紹介されています。最近の若い医師は手技を早く覚えたがって市中病院へ行きたがる。でも手技は後からいくらでも取り戻せる。最初に学ぶべきは考え方だ、と。昭和的だと本人も認めていますが、間違ってはいなかったと思っている。父親の同級生たちも、ベースが固まっていないうちに出るのはどうか、と口を揃えていたそうです。
ただし、それが今も通じるかは分からない、とアイジュさんが引き取ります。大学病院にいても雑用で終わってしまう科はあるだろうし、体制の整った美容の現場のほうが手技を学べることもあるかもしれない。そもそも手技そのものがロボットやAIに置き換わったら、手に職という前提が崩れます。
過去の成功事例が当てにならない時代だ、というところで2人が頷いていました。医局の外で会いましょうと言っているけれど、20年後には医局の外で会うことが廃れているかもしれない。そんな言い方までしていました。
良かったと言えるのは、今そうじゃないから
後半は自省が入ります。
医局時代は仕事量が尋常ではなかった。1か月まるまる休みがない月もあった。それを今はいい思い出として語れているけれど、語れるのは今がそうじゃないからだ、とアイジュさんは言います。
アイジュ
ゆー50代になって、働きたくないと言いながら働く。それが嫌だった、とはっきり言っていました。金銭的な余裕がなくなると、家族との時間も精神的な余裕も削られていく。だから医局にいるうちから投資やキャリアのことを考えてもいいのではないか、と。専門医を取ったうえで別の道に進むという選択肢を知っているかどうかで、後の人生が変わる。
自分は東日本大震災のときに投資をやめていたら、いまの人生は全く違っただろう、とも振り返っていました。お金の話だけではなく、そういう世界があると知れたことのほうが大きかった、と。
対してゆーさんは、何も考えていない側だったと言います。医局を抜けたあと自分がどうなりたいかを考えたこともなく、勢いで抜けた。当時は臨床一本で、それに違和感も疑いもなかった。そこまでの余裕がなかったのも事実だ、とも。
それでも、外に出てよかったと言います。医局の中とは違う世界があると知れたこと。自分がどういう立ち位置の医師なのかを、初めて客観的に見られたこと。
外に出るまでは、自分の当たり前を疑う材料がありません。