こんにちは、プロデューサーのサトシです。今日はシーズン12-1の内容をお伝えします。

循環器内科の腎臓班から始まった

「医局の外で会いましょう」という番組名なのに、医局の中の話を一度もしていない。アイジュさんがそれに気づいたのが、このシリーズの始まりでした。収録日は4月1日。新年度です。

ゆーさんの消化器内科は、名古屋の国立大学のマンモス医局でした。名簿に載っている医局員はOBを含めて300人から400人。年に一度の懇親会は大きなホテルの宴会場で、円卓が並び、出席者だけで200人を超える。あそこまでの規模の宴会には他で行ったことがない、と話していました。院内で働いている現役の医局員は20人か30人。残りは関連病院にいるか、開業しています。

アイジュさんの腎臓内科は逆でした。OBを全部集めても20人から30人。

ゆーゆー
OBを含めてその人数ですか。
アイジュアイジュ
小さい医局だったんですよ。もともと循環器内科の腎臓班っていうところから始まってるので。

循環器内科の中に透析を専門にする先生たちがいて、その何人かが腎臓の勉強を始めた。そこから腎臓内科になった。アイジュさんが入局したときの教授が、その腎臓班の1番だった人だそうです。独立したのはアイジュさんが4年目の頃。歴史としてはかなり新しい医局です。

だから扱う領域も違いました。腎臓内科というと腎生検や電解質を思い浮かべる人が多いけれど、ここは心腎連関が中心。心臓と腎臓の関連疾患です。注目され始めたのがこの20年ほどの分野で、その波に乗って教授たちが名前を知られていった、という流れでした。

本院と分院で医局が分かれている、という話も出てきます。第1内科と第2内科が本院、第3内科と第4内科が分院。なぜそうなったのかは本人も知らないそうです。

透析室の裏に、循環器の先生が来る

7年目か8年目まで、第3内科は全部ひとつの医局でした。ロッカーも机も一緒。

医局でお菓子を食べてコーヒーを飲んでいたら、循環器の教授がやってきて、お前はチョコのクッキーが好きだろう、俺はこっちのほうが好きだから代わりに食べていいぞ、と言ってくる。何の話なのか分からないけれど、そういう医局だった、とアイジュさんは笑っていました。

距離が近いのは行き来にも出ます。循環器の先生が透析室の裏にいる腎臓内科のところへ来て、この透析どうすればいいの、と聞く。逆にアイジュさんがカテ室へ行って、ちょっと大変だから来て、と呼ぶ。バイト先も循環器のOBの枠に腎臓内科が入ったり、その逆があったりする。

ゆーゆー
若手から教授に直接話すって、ハードルがスーパー高かったですけどね。そんな話したことないです。
アイジュアイジュ
僕から話しかけることはほぼなかったですけど、向こうからは来るんですよ。

教授自身も循環器専門医で、核医学が本業だった人でした。透析患者さんのタリウムシンチの読影会がある腎臓内科です。

いまでも日本に帰って一緒に飲む後輩に、循環器の子が混じっているそうです。向こうも対外的に「アイジュ先生の医局の後輩です」と言う。じゃあ循環器なんですねと聞かれて、いえ腎臓内科ですと答えることになる。

隣の医局のことは、案外知りません。